最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)40号 判決 1967年10月19日
上告人
鳩田タミノ
右訴訟代理人
寺島祐一
家近正直
被上告人
三田市十一番区
右代表者
竹花光逸
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人寺島祐一、家近正直の上告理由第一点について。
法人格のない社団すなわち権利能力のない社団が成立するためには、団体としての組織をそなえ、多数決の原理が行なわれ、構成員の変更にかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることを要することは、当裁判所の判例とするところである(昭和三五年(オ)第一〇二九号同三九年一〇月一五日第一小法廷判決、民集一八巻八号一六七一頁)。
原判決の確定するところによれば、被上告人区は、古くより三田市三田(市制施行前は三田町)十一番区通称新地と称する地域に居住する住民により、その福祉のため各般の事業を営むことを目的として結成された任意団体であつて、同市三田に属する最下部の行政区画でも、また財産区でもなく、区長、区長代理者(副区長)、評議員、組長等の役員の選出役員会および区民総会の運営(その議決は多数決による)、財産の管理、事業の内容等につき規約を有し、これに基づいて存続・活動しているというであるから、原審が以上の事実関係のもとにおいて、被上告人区をもつて権利能力のない社団としての実体を有するものと認め、これにつき民訴法四六条の適用を肯定した判断は、上記判例に照らして、正当として是認しうる。論旨は採用できない。
同第二点について。
原判決は、所論のように、「上告人先代治三郎が本件建物について所有権を取得したものではない」ということから、ただちに「治三郎および上告人に所有の意思がなかつた」旨を断定したものではなく、治三郎が本件建物部分を被上告人区より賃借し、上告人がこれを承継したことを認定したうえで、したがつて治三郎や上告人に所有の意思がなかつたとしたものであることが、判文上、明らかである。よつて、原判決には所論のような違法はなく、論旨は採用できない。
同第三点について。
原判決がその認定した事実関係のもとにおいて、賃料の不払いによる賃貸借契約の解除を認めた判断は正当として是認しうる。本件は、上告人の主張自体によつて明らかなように、上告人が賃貸人たる被上告人の本件建物に対する所有権をも否認したものであつて、論旨引用の判例は本件に適切でない。原判決には所論のような違法はなく、論旨は採用できない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)
【参照】 原審判決理由
(1) 被控訴人区はもと三田町十一番区と称し、古くより三田市三田町(市制施行前は三田町、以下同じ)十一番区通称新地と称する地域に居住する住民によりその福祉のため各般の事業を営むことを目的として結成せられた団体であつて、規約に基づき代表者その他の役員をその構成員により選出し、資産を有し、現にその福利増進のため三田市とは別に独自の諸種の事業活動を行つているものである。すなわち、
(イ) 他の地域より右十一番区に転住する者は区長の承認を得て一定の加入料を支払つて右団体に加入し(甲第一二号証の一、二の規約一九条二〇条二一条三五条)右十一番区より他に転出する者は当然その構成員たる資格を失う。右団体の構成員(区民)は七個の班(日待組と称している)に分属する。古くは右地域に居住する者全員が区に加入することを事実上強制せられていたが、終戦後はその加入を強制せられることはないが、大部分の住民はこれに加入している実情にある。
(ロ) 区長および区長代理者(副区長)は区民により選挙せられ、その任期は二年(現在は一年に改正)と定められ、区長は区の代表者として諸般の事務を処理し(規約二条、三条、六条)、区民はそのほかに評議員五名組長(各班より一名)を選出し(規約五条、三二条)、区長、区長代理者、評議員、組長は役員会を構成し区の事務につき多数決によつて決定する(規約一〇条一一条三二条)。
(ハ) 区の総会は毎年一二月六日開催され、各区民が世帯ごとに一個の議決権を有し、多数決による議案(区長その他の役員の改選等)を決定する(規約一三条、一五条)。
(ニ) 区長は基金および金銭出納を管理し、区には会計係一名をおき会計事務一切を掌理せしめる(規約二二条、三七条)。帳簿監督は年二回(六月、一二月)評議員が立会い調査捺印し後記大歳講において区民に報告すること定められている(規約二三条)。
(ホ) 区は区民から後記事業のため区費を徴収し、資産として本件建物、その敷地および消防ポンプ等を所有しているが、財産区ではない。
(ヘ) 区は従来の習慣に基づき大歳講(もと十一番区にあつた大歳神社に由来する講)を組織し区民はこれに加入するものとせられ、毎年一二月六日区の定期総会(大歳講)を開催する(規約二七条二八条)。
(ト) 区民はすべて氏神天満宮の祭祀に順番に勤務する。(規約二六条)
(チ) 区は、市政町村政の日常区民に接触する部面においてその足らざる面を補うため、三田市の行政事務とは別に、独自で、消防、防犯、下水道、橋、道路の整備、婦人会子供会(見学幻燈会等)の開催等の事業を行つている。
以上の事実が認められる。
右認定の事実関係によると、被控訴人区は独立の組織を有し、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず存続をつづけ、事業活動をなし、資産を有し、その管理および総会、役員会の運営等団体として主要な点が規約により定められていることが認められる。そうすると被控訴人は独立の存在を有する権利能力のない社団としての実体を有し、代表者、管理人の定めあるものと認められ、民事訴訟法四六条により当事者能力を有するものというべきである。
(2) 控訴人は、この点につき、被控訴人区は三田市三田町に属する最下部の行政区画をなすもので、三田市の自治行政事務の執行を補助しこれに協力することを目的とする区の住民の組織協同体で、市町村の下部組織の区又は大字で、いわゆる権利能力のない公法的性格を持つ公法上の団体であつて、三田市を離れて別個に存在する私法上の団体ではなく、地方自治法等の公法法規の適用又は準用があり、区を代表しその財産を管理する職務権限は市長にあつて区長にはその権限がないから、民事訴訟法四六条所定の社団には該当しない旨主張する。しかしながら被控訴人区は、右認定のとおり地理的名称である十一番区に居住する住民が規約に基づき任意に組織する団体であり、(右地域に居住する住民のうち被控訴人区に加入しないもののあることは控訴人の認めるところである)法的の地方公共団体でないことはもとより、市町村の地域的な一部としての区又は字が財産を有する場合とも異るのであるから、たとえ被控訴人区の行う主たる事業が市政の足らざる面を補い市の自治行政事務の執行に協力するものであるとしても、被控訴人区の組織運営につき地方自治法、旧町村制等の適用又は準用を見るべき根拠は全くない。したがつて被控訴人区が三田市を離れて別個に存在する団体ではないとし、市町村長が右団体を代表し、その財産を管理する職務権限を有するとなすのは失当である。もつとも、前記証拠によると、被控訴人区規約一条には「三田町の決議を経て区長設置規定に基づき区長一名区長代理一名を選定する」旨の規定があり、区長が選任せられたときは区長名を市に届け出ていること、三田市内の区の区長会議が毎年数回開催せられていること、区長は毎年市より若干の手当金を受領していること等が認められるけれども、これは区の事業が前記のようなものであることによるものと認められ、かかる事実やその他控訴人が事実欄一、の(一)で主張する事実があるからといつて前記判断を妨げるものではない。
また控訴人は、被控訴人区は独立の事業活動をしていないし、事業活動を営むに足る資産や資産に関する規則を有していないから、民事訴訟法四六条所定の社団に当らない旨主張するが、被控訴人区が区民から区費を徴収し、独立の事業を営み、資産を有し、資産に関する規則を有していることは右認定のとおりであり、その資産のうちの本件建物の所有権の帰属が係争中であり、またその区費や消防ポンプの価格が僅少であるとしても、もとより右法条にいう社団に該当するとの認定を妨げるものではない。(小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)